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【実録】悪夢のような育休明けと転機

【実録】悪夢のような育休明けと転機

こんにちは。都内営業職で一児の母、ワーママのまどかです。

今回は思い出すのも辛い内容です…
パワハラ上司に追い詰められた頃の話をします。

私が育休明け復帰したのは、2016年4月末。息子は当時まだ9ヶ月。

それまでは自宅で私と常に一緒だったので、もちろん風邪を引いたことなどなかった息子は、保育園スタート早々から色々な病気をもらってきたのです。

そしてその都度、
母親は子供の小さいうちはそばにいてやるもんだ
の三つ子の魂神話を信じて疑わない、理解のない上司に頭を下げるはめになります。

それでは羅漢遍歴の順にお話します。

 

無理解な部長と先輩の裏切り

【実録】悪夢のような育休明けと転機




復帰して間も無く、すぐに熱性けいれんを起こしました。
そしてその2ヶ月ほど後には、なんと入院する羽目になってしまい、なんとも悪夢のような日々でした。

初めての熱性けいれんと感染症

実は私自身が、幼い頃熱性けいれんを複数回起こしてたので遺伝したようです。

にしても、最初の風邪がRSウィルスとは運が悪い。
一度かかると、その後も結構体調不良が続いてしまいます。

RSウイルス感染とは

RSウイルス」というウイルスによって引き起こされる乳幼児の代表的な呼吸器疾患です。
生後1歳までにほぼ半数の子どもが感染し、23歳までにほぼ全ての子どもが経験します。
RSウイルス感染症は、家族内でも高い率で感染することが明らかとなっており、大人になっても再感染を繰り返します。

ただし、小さい子どもほど細気管支炎や肺炎など重症化しやすく、注意が必要な感染症です。潜伏期間は、46日です。

「健栄製薬」HPより
https://www.tepika.net/infection/rs.html

不運は重なり、息子は急性中耳炎のため耳の中を切開して膿を出すと言う、見てるこっちが泣きそうな可哀相なことがありました。

熱も下がって機嫌も終息してさあ一安心!と思ったら大間違いです。
ご存知の方は多いと思いますが、
感染性の病気のときは医師の許可をもらえないと登園させられません。(登園許可書

ですので、そろそろ登園できるかな?と思っても、まず病院へ行ってその足で保育園へ預けて、やっとこちらも会社へ行けるわけです。

部長の心ない対応と涙の診察

その事を朝会社へ電話したら、部長は何て言ったと思いますか。

B「で、何時頃に出てこれるんだ?
○○君(後輩)が今日君に頼もうと思ってた仕事があったのにって言ってるんだけど。」

冷酷な態度に私はビックリして、もうそれはそれは既に泣きそうでしたけど、落ち着いて

私「病院がそもそも9時からしかやってませんから、大体○○時くらいには…」と答えると

B「じゃあとにかく、出勤時間がわかり次第メールするように!」

内心、えぇー?!って思ったけど
私「分かりました」

B「俺にだけじゃなくて、Ccで部員全員にも流すように」

なに?この意地悪の極みみたいなのは!!!!?????
陰湿なイジメだ…こればパワハラというものなのか…心の中でそう呟いたのを今でも鮮明に覚えています。

とりあえずすぐ病院へ向かうものの、足に完全に力が入らず、悔しくて悔しくて泣きながら向かいました。
その病院の担当医は女医さんで、ご本人も2人の小さい子持ち。助手の看護師さんも少し年上でしたが、彼女もやはり子育ての経験者。
私の涙にもらい泣きして、一緒に泣いて励ましてくれました。世の中捨てたもんじゃないなぁと思った瞬間です…

さてその後、無事息子を保育園へ預け、約束通りメールもして急いで
出勤したのに、いざ着いてみると
”仕事を頼みたいと言っていたという後輩”は外出してるし、何の伝言やメモ等もない。

他の部員に聞いてみても、
「えっ、そうだったんですか?部長がそんなことを??」と、きょとんとした感じ。
私「でも、私のメール、読んだよね?部長から話聞いてない??」
「メールは頂いたのは分かりましたけど、詳しいことは私たちはよく分からなくて。すみません」
というような返答。

もうこの時、内心キィィィィィーーー!!!!!!!ってなってました😭

 

今度は入院 最悪のシナリオ

7月中旬ころのこと。平日の夕方、ゆっくり寛ごうとしていた時、突然息子が熱性けいれんを起こしました。
当時まだ車を所持していなかったため、「次のけいれんは救急車を呼ぼう」と決めていた私。
いざ搬送されると、医師の目の前でまた発作。そして医師の判断でそのまま入院となってしまいました。

この病院では乳幼児の場合親が付き添いの決まりになっていて、簡易ベッドに息子と二人で寝て過ごすことに。サイズが小さく、足を伸ばしてリラックスして横になれない。。。

さらに日中も、主治医や看護師さんが日に何度か検温や回診、鼻水吸引(鼻水が出て苦しそうだったので)をしに来るので、折角寝付きそうだったのにバッティングしてしまうこともあって、またいちから機嫌を直して授乳して寝かし付けて…の悪循環もしんどかった。

そして何より、会社を一週間も休まなきゃならない上に、自分自身の体が全っ然休まらないんです。
また、6人の大部屋で喘息や肺炎の子も同室していた為、移ってしまったのか息子も咳が出るようになってしまい、それが原因で退院が一日延びたり…😢

毎日仕事帰りに主人や義母か寄ってくれ、だいぶ励みになりましたけど、
それでももしもう一度体験してと言われたら鬱になちゃいます。

先輩の裏切りと驚愕した休職の提案

7月末、何とか退院でき久しぶりに出社したときのことです。
部長から応接室に呼び出されました。しかもなぜか私の3つ上の男の先輩も同席。

何の話かと思えば、
「お子さん、体弱いよねぇ。」から始まり(はぁまたこの手の話か…と内心思った)、

「社長に君のこと(急な欠勤が多い)を相談したら、休職を提案するように言われてねぇ」

もうすっごいショックでした。意味不明でした。

どんな思いで保育園入所まで漕ぎ着区ことができたのか。部長は、想像したこともなければ、分かろうともしていなかったでしょう。

 

乳児を抱えながら一生懸命保活して、面倒な書類を記入して、入園が決まったら入園の準備をして…。
これまでも自転車操業で綱渡りの日々を息子も頑張って生きてきたのに。

仮に休職するとしても、保育園も長期間を休職認めてもらえないし。最悪退園の可能性もあるし。

 

 

隣に座っている先輩はというと、うちのこと同い年くらいの小さい娘がいて、私と二人で話す時は理解ある先輩という感じで話を共感してくれてる風だったのに。

結局そうですよね、先輩も、自分がカワイイですよね。
そして自分の嫁は専業主婦だしね。

その先輩も同意なんだと思うと悲しかった。
もはや、私にとっては「裏切り」に感じられました。

部長自身の環境が大きく起因か

この部長結構筋金入りのボンボンで、自分の母親も嫁も専業主婦。
だから、三歳児神話主義者なんです。
(ちなみに社長もその上をいくボンボン。同族企業の典型のような会社。二人とも某私立の小学校から大学までエスカレーターです)

呼び出しを食らった時にも、
「何でそんなに体弱いお子さんを保育園に入れてるの?
あ、それとも、そういう環境に置くことで、たくましく育てたい方針なの?」
と聞いて来ました。

いやいや。方針もくそもなく。お話になりませんね。
集団生活始めたらどんな子でも最初は風邪もらいまくりなことも知らない。つまり自分は奥さん専業だったから、育児に関与してなかったから知らないんですよね。もしくは記憶が無くなってしまったか。
とにかく個人的な価値観押し付けてこないで!!
それに、人の息子にいちいち体弱い弱いって、しつこいし。

息子の看護で休んだ次の出社日には必ず、回りの人にも聞こえる大きい声で、
「息子さん、環境厳しいんじゃないの~?!」
と言ってくるんです。厳しいかどうかはあなたが決めることじゃない!

結局、休職はもちろんしないし、息子はその後もちょいちょい(月いちペースで汗)風邪を引いて休みましたが、なんとか耐え凌ぎました。えらい!えらいぞ自分!😭

 

やっと転機が到来

【実録】悪夢のような育休明けと転機




辛さピークの3月→まさかの異動

一番のピークが翌年3月頃。
「4月の人事で、何も起こなければ退職!」って決めてました。

その間、ほんとに覚悟を決めいていました。
マザーズハロワへ行って相談員さんに退職までの手続きや、転職先の斡旋を頼んで色々応募してもらったり、精神科へ行って診断書を書いてもらったりと、具体的に動いていました。

それと同時に、年明け1・2月頃にちょいちょい本部長へ相談(今の部長とは合わない・精神的に辛い、と涙しながら訴えました)しておいたのですが、それがき効いたようで晴れて異動。
なんとか退職は免れました。

 

 

そもそも復帰時からおかしかった人事

部署の話ですが、産休までは別の営業部署(B)で、この当時の(以下、A)に配属になったのは復帰したタイミングからでした。

Bは人も足りてるし、私の妊娠が分かるちょっと前に女性先輩が入ったので、戻れなかったようです。
逆にAは、私が復帰する少し前に産休に入る人がいて、人員不足に。
その人以外にも、有期契約者の退職があって、二人抜けたところでした。

そして私が7年ほど前まで数年間Aにいたことがあるという理由で、今回の異動がありました。

でも、元々から「人手不足」なところに、なぜ0歳子持ちの私を配置するのか?
今考えてもムカムカしてきます。

しかもしかも、Aではこれまで歴代女性先輩2人が、子持ちで働いてたことがりますが、どちらもこの部署を最後に辞めています。(時期は異なる)

そんなところに配置するなんて、
もしかして、最初から辞めさせたかったんですかぁー?!と問いたいくらいです。

この記事書いてたらお腹痛くなってきました、、体に悪いんだな…やっぱりこの話題(笑)

 

自分なりに手は尽くしたつもりだった

そんな私も、何も努力してないわけじゃありません。
病児保育は、当時はまだ0歳なので利用できなかった
義理の姉に泣き付いて、なんとかしてもらったこともある。
ファミサポやベビーシッターは主人が嫌がる(だったらお前が休め)、コストも高い為利用しませんでした。

入院の経験が決定的になり、それ以後はどんなに待たされても耳鼻科(ひどいと終わるのが21時頃)へ週2で通うことを徹底していたし、自宅でも予防できるようにと1万円以上する鼻水吸引機も購入しました。

私たち夫婦も、親になること・子持ちで仕事をすることが初めてだったので最初は本当に右往左往で苦労しました。
1年弱掛けて色々慣れてきて、危ないときは予め予測して動く(頼れるところを探したり、仕事を調整したり)工夫の仕方もできるようになりました。

それでも、避けられない事態というのがあるのです。
これらの背景を知らずに、見えている一部分だけを見てあーだこーだと言われるのが本当に腹が立ちました><

 

最後に このテーマを記事にした理由

【実録】悪夢のような育休明けと転機




当記事作成については、捌け口にしたかっただけではなくて、同様な経験をされた人や、まさに今苦境に立たされている人がいたら、読んで励みにして欲しかったから。
「私だけじゃなかった!」と、少しでも心が楽になればと思ったからです。

子供がいて働いてると色々ありますが、今のところ、働くことをやめる気はありません。

もちろん、将来の年金問題のために今のうち蓄えておきたいというのもありますが、自分の性格上、専業は向いてないと分かっています。
実際、産休育休中も仕事をしていない状態が合わなくて合わなくて。
社会から離れてってしまってる、なんともフワ〜ッと浮いた感覚が嫌でした。

一番大きいのは、母もずっと共働きだったことかもしれません(今現在も)。
どんなときも、毎日お弁当・洗濯・掃除をして、会社へ向かう、そんなたくましい女性像をずっと見て育った為か、兼業主婦になることに微塵の疑問も抱きませんでした。

やっぱり母は強し、ですね。
みんな、子供が小さいうちは大小の差こそあれど、何かしら板挟みに苦しみ乗り越えて、今があるんです。

今の環境がいかに恵まれてるか、改めて思いました。
もっともっと現状に感謝して、その気持ちを忘れずに、幸せな気持ち満タンで頑張ろう、と誓ったのでした。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。